友人のKちゃんのこと。

実家に帰省するときは新幹線を待っているプラットホーム
地元の友人のグループLINEに連絡を入れます。

たいてい良いお天気なのですが、気持ちは低気圧ぎみなので
地元の友人たちの優しい言葉がほしくなるんです。
彼女たちに何気ない言葉をもらって心が軽くなりマイナスな感情を抑えられます。
とっておきの地元情報もくれたりします。

今回もいつもどおりプラットホームでLINEしました。
「こっちは雨が降ってるよ」ってことでした。
「時間があれば連絡してね。会えたらいいね」って。
もうコロナはほぼ気にしなくてもいい通常のモードです。
いつもどおり当たり前のように帰宅して床につくことができました。

翌日の朝に、LINEグループにKちゃんの娘さんからコメントがはいり
Kちゃんが闘病の末、2週間前に亡くなっていたことがわかりました。
「皆さんのことをいつもとても楽しそうに話していました」って・・。
返信をしたのですが、それから返っては来ませんでした。

そうですよね。
私たちは驚いてショックを受け、情報を知りたいと思いましたが
2週間では家族の心はまだ穏やかではないでしょう。
彼女との最後のコメントは3月中旬で地元の桜の話でした。

彼女の旦那さんががん治療をしているという事は聞いていましたが
本人の闘病は聞いていませんでした。
ときどきLINEにコメントがはいらないのは家族の事で忙しいのだと思っていました。

彼女の息子が高校生の時に交通事故にあって生死をさまよい
毎日の病院通い等で彼女と3年くらい連絡がとれないことがありました。
奇跡的に助かって、ベットから起き上がることはできませんが
自宅に戻り ふつうに話もできるようになりました。
彼女の自宅に遊びに行ったときに 大変だけどそれを楽しそうに話していて
とても平穏に暮らしている彼女をみて安心したことを覚えています。

私が父を亡くしたころに彼女もお父さんをなくしていました。
お母さんはご健在で一人暮らしだと聞いています。
兄弟は弟がいましたがいろいろあって自殺したとも聞いています。
「私の人生は一冊の本が書けるねって子供に言われたわ」って笑っていました。

私とは中学生のころからの付き合いです。
中学で軟式テニス部に入った時にダブルスのペアを組んでいました。
さっぱりとした明るい性格のシャイな美人さんです。
上級生にも同級生にもモテモテの自慢の相棒でした。
3年生の時には同じクラスになり
修学旅行の時もラケットをもっていって富士山をバックに一緒にテニスしました。
今思うと無断でホテルのコートを使ったんですよね。スミマセン。
高校では学科が違うので校舎は異なりましたが、付き合いは続きました。

彼女が他界したのはとてもショックです。
もう会えないし話もできなのは 悲しいし寂しいし。
彼女の死を知った数日後、LINEグループの3人で会いました。
5年ぶりくらいかな。
みんなそれぞれにショックを受けていて・・ただ今はそっとしておこうと
時間がたってからお参りさせてもらおうという事になりました。

今更ですがいろいろと後悔することがあります。
彼女はキキぷりが好きでよくLINEスタンプをつかっていました。
私も好きだったので今年のキキぷりのカレンダーを彼女に送ろうとしていましたが
思ったよりも早く売り切れてしまって実現できなかった。
もっと早く送っていれば・・・持っていけば会えたのに・・。
帰省した時に無理にでも時間を空ければよかった・・コロナがなければ・・。

次回帰省したら実家で彼女との写真を探そうと思います。
彼女を思い出すときはいつも笑顔でした。
ご冥福をお祈りいたします。
ありがとうKちゃん。さみしいよ。

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